検索の「常識」が変わる。AI回答が奪うクリック
まず、私たちの行動がどう変わったかを見てみましょう。日本では、2025年3月に行われたナイルの調査によると、「日常の調べものに生成AIを使う」と答えた人が28.7%に達しました。まだ検索エンジンが主流ではあるものの、AIによる「直接の回答」を選ぶ層は着実に増えています。一方で、AIの回答を鵜呑みにせず、情報の裏付けを取ろうとする日本ならではの慎重な姿勢も見受けられます。
情報を届けるプラットフォーム側も、この流れを加速させています。Googleは2024年5月、検索結果の最上部にAIがまとめた回答を表示する「AI Overviews(旧SGE)」を米国で本格的に開始し、その後100以上の国・地域へと拡大しました。これは、ユーザーがリンクをクリックしなくても答えが得られる仕組みであり、「クリック」を前提としてきた従来の経済の土台を揺るがすものです。実際、Ahrefsによる大規模な分析では、AI Overviewsが表示されると、検索結果1位のページのクリック率(CTR)が平均で34.5%も低下するという推計が出ています。「上位に表示されても、答えがAIの要約に吸収されてしまう」ため、クリック獲得の効率が落ちるのです。この構造変化は、メディアや出版業界にとって死活問題となりつつあり、2025年10月にはイタリアの新聞社団体が「AI要約はサイトの収益性を脅かす」として当局に調査を申し立てるなど、欧州各国で議論の的となっています。
SEOからAEOへ。最適化の主役が変わった
従来のSEOは、特定のキーワードで検索された際に、自社のページを上位に表示させ、クリックしてもらうことを目指すものでした。しかし、AIが回答を生成する時代に必要なのは、「自社の持つどの情報(事実、引用、見解)が、AIに『信頼できる根拠』として選ばれるか」を設計することです。この新しい考え方は、研究領域では「GEO(生成エンジン最適化)」、実務の世界では「LLMO(大規模言語モデル最適化)」や「AEO(回答エンジン最適化)」と呼ばれ、急速に体系化が進んでいます。
この転換で最も重要なのは、評価の重心が「ページ単位」から「エンティティ(実体)単位」へ移ったことです。AIは、「誰が(企業、専門家)」「何を(製品、サービス、見解)」「どのように言っているか」を、情報のつながりとしてグラフのように把握します。したがって、単に記事を増やすよりも、発信する情報の一貫性を保ち、会社名や製品名といった固有名詞を正規化し、第三者のレビューや公的機関の文書といった信頼できる外部サイトからも矛盾なく言及されることが、AIに「回答の出典」として採用される確率を高めます。いわば、自社という「実体」の輪郭を、多角的に強化する作業が求められているのです。
AIに「選ばれ、引用される」ための実務戦略
では、具体的に何をすべきでしょうか。まずコンテンツ面では、AIが「抽出・要約しやすい形式」を好むことを意識します。見出しごとに主張と根拠がまとまっており、Q&A形式や定義文、数値・日付などの固有名詞が明確な構造は、AIに引用されやすくなります。自社独自の調査結果や検証データといった「一次情報」をはっきりと示すこと、そして構造化データ(schema.org)や著者情報を明記するといった従来のSEO施策も、引き続き有効です。
技術面では、クローラ(情報収集ロボット)の制御について知識を更新する必要があります。例えば、robots.txtファイルでGoogleのAI学習用クローラ「Google-Prolonged」を拒否することは可能ですが、これは主に「AIモデルの学習にデータを使わせない」ための制御です。これを設定したからといって、直ちにAI Overviewsの回答に表示されなくなったり、検索順位が下がったりするわけではありません。「AIの学習」と「検索結果への表示」は、異なるレイヤーの問題として分けて考える必要があります。
計測方法も作り替えなくてはなりません。AI経由のクリックは、従来の検索流入と区別がつきにくいため、Google Analytics(GA4)などで「chat.openai.com」や「perplexity.ai」といったAIサービスからの参照元がどれだけあるかを定点観測することが有効です。また、自社名や製品に関する主要な質問を決め、定期的にAIに投げかけて回答内容をチェックする「プロンプト監査」も重要になるでしょう。順位が維持されてもクリックが減る可能性がある以上、「AIの回答内での露出量」や「AIから訪問したユーザーの行動の質」といった新しい指標で成果を測る視点が不可欠です。
これらの取り組みは、マーケティング部門だけでは完結しません。広報部門は一貫した表記や出典の管理を、カスタマーサポート部門は顧客からの生の質問(自然文)の収集を、法務部門はAI学習に関するポリシーの整備を、そして経営層は一次データの公開方針を決定するなど、組織全体で「AIに選ばれる」情報設計に取り組む必要があります。AIが人間の「調べてまとめる」作業を肩代わりしていく時代において、この全社的な情報戦略こそが、クリック減少の先にある「回答の主役」になるための鍵となります。